原爆に遭ったおばあさん(3)

怪しいお話
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私は、彼女の存在から、二つのことを学びました。

一つは、人の”エネルギー”や”学び”や”業”を、自分の中でどう理解(消化)すべきか、という命題。

もう一つは、「”いずれ後悔するかもしれない”と思うようなことは、さっさと片付ける」と、「常に明るい方向を向き続ける」という教訓です。

私がこの人生で観察する限り、ミクロからマクロまでいかなる状況も、”当事者(たち)”の放ったエネルギーに基づいてやってくるようです。

おばあさんは、ブラジルでは死にもの狂いで逃げまどい、日本では病と孤独に全身を蝕まれ、その道中で全てを失った果てに訪れた、終わりの見えない”地獄”を生きていました。

現代の日本人には想像もできないような恐怖や理不尽、飢えや痛みを経験するたびに、彼女の心は折れ、削られ、麻痺し、彼女のエネルギーはどんどん光を失っていったかもしれません。

そして、どこかの時点で、希望”の実存を思い出せなくなったのかもしれません。

それは、「より悪い方向へ向かう」ナビゲーションを搭載して走る自動運転のようなものです。

だけど、彼女の生きた時代も、場所も、家族も友人も、彼女自身の身分や存在も、何一つ彼女の安全や豊かさを保証してくれなかったのなら、彼女が切れる”カード”はもともと限られていたでしょう。

彼女はきっと、その時々でできる限りのことをして、何とか命をつないだはずです。

ただ生きるために。

または、死なないために。

私のような性質を持って生まれれば、死んだほうがましだ、と思うような(発現率が”±3σ”レベルの)出来事にもそれなりに遭遇するものですが、それは、つまり「死ぬ」よりも「生きる」方がはるかにつらいということです。

だから、彼女があの状況で、最後まで死を選ばなかった理由はなんだろう、と、私は今でも思います。

どちらかというと、執念や臆病さなど、”積極的な”動機ではないかもしれません。

そうするには、それなりのエネルギーが要るからです。

消極的動機なら、なげやりや逃避や諦念でしょうか。

でも、もはや打つ手がない人にだって、一つだけは”選択の自由”が残っています。

それはそれで、エネルギーが要るでしょうけど。

もしかして、彼女の肉体が弱りすぎて、それを選べない状態だったのかもしれませんが。

いずれにせよ、”死よりつらい生”に甘んじるには、必要な条件がある気がします。

同じ状況にある多くの人は、無意識かもしれませんが。

それは、今日と明日を受け入れる「覚悟」ではないか、と思います。

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