理想の夫婦と現実:完璧の幻想

エッセイ

はじめに:宇宙の摂理と人間の感覚とのギャップ

誰の人生にも必ず嫌な出来事が訪れます。

その理由は単純明快です。

私たちには、生まれる前に定めた目標があり、宇宙の摂理と人間の感覚のあいだにある「ギャップ」を利用してそれを達成しようとしているからです。

宇宙の摂理は変えられません。

だから「不快な出来事」そのものは避けられません。

しかし、その不快さの度合いは、自らの選択で軽減できます。

ここでは、ある夫婦の人生を通じて、この仕組みを考察します。

「ギャップ」の詳細は巻末の関連記事をご覧ください。

エゴが隠す夫婦像

成功夫婦の落とし穴

ある裕福で社交的な夫婦がいました。

経歴も容姿も申し分なく、子どもを持たず、互いの自由を尊重し合う――まるで漫画かドラマの登場人物のようでした。

ドラマの登場人物のように理想的に見える夫婦の画像。

二人は、自己肯定感の裏に傲慢さを隠し持っていました。

しかし、本人たちには自覚や罪悪感はなく、社会的規範から逸脱することもなかったため、表面上の人間関係は良好でした。

違和感とプリテンダー

夫はしばしば妻を褒め、夫婦円満を強調しました。

その一方で、飲み会の最中に妻からのメールが頻繁に届き、電話のために席を外すことも少なくありませんでした。

彼が語る妻の話は「典型的な良い話」に偏っており、「夫が妻の尻に敷かれている方が家庭は平和」「夫婦は鏡合わせ」といった常套句も多用していました。

彼の思考・感情・行動の間にはズレがあり、言葉ほどの充足感は伴っていなかったので、私は心のなかで彼を「プリテンダー(装う人)」と呼んでいました。

宇宙の法則「ギプスの原理」

人生の転機と困難

転居をきっかけに、私は彼らと疎遠になりました。

しばらくして、共通の友人から、彼らが人生を根底から揺るがすような困難に直面したと聞きました。

それは夫婦の協力なしには到底乗り越えられず、場合によっては生涯をかけて向き合う可能性があるほど重い問題同じような性質の人に同じ問題が起こるとは限りません。これはあくまで一例です。 でした。

「軌道修正」というギプスの仕組み

私たちは生まれる前に複数の目標を設定しています。

目標達成のヒントは、不快な出来事の中に隠されています。

不快さを手がかりに、予定通りの方向に思考や行動を変えることができれば、目標は達成されます。

気づきが早ければ、その不快の濃度やダメージは小さく済みます。

けれども、エゴに囚われてそれを後回しにすると、出来事の“濃度”は増し、行動の自由や選択肢が著しく制限されます。

いずれ、目標に向き合わざるを得なくなります。

これは、いわば「ギプス(軌道修正装置)」のような仕組みなのです。

「ギプス」の効果で左側が塞がれ、目の前が一本道になっている画像。

真の課題:完璧への執着

違和感を覆い隠した代償

二人は容姿・収入・学歴といった外的条件で互いのプライドを支え合い、エゴを強化していました。

心のどこかで違和感を覚えても、それを直視しようとしませんでした。

また、そのような誤魔化しを正当化できるだけの「方便(好条件)」も持っていました。

彼らはエゴに囚われ続けた結果、自発的に軌道修正できる期間を逃してしまったのでしょう。

本質的な学び:「完璧を手放すこと」

彼らのようなタイプであれば、本来、「謙虚さを学ぶ」「相手と真っすぐ向き合う」といった学びが計画されているはずです。

しかし、彼らに訪れた出来事は、それらには釣り合わないほど深刻に感じられました。

もしかすると彼らが学ぼうとしているのは、「完璧なものは存在しない」という事実かもしれません。

人間は、エゴを満たそうとすれば、どこかが歪むようにできています。

彼らの理想は、この世界では成立し得ないのです。

おわりに:エゴを手放すということ

嫌な出来事は「罰」『罰』は人間が作った枠組みに基づく判断にすぎません。ではありません。

どんな出来事も、「そうである事実」にすぎません。

とはいえ、ギプスの矯正力が強すぎると、心身に消すことができないダメージ宇宙の摂理は物理現象であり、人の感情を斟酌しません。出来事が「苦痛に感じられる」のは人間の側の感覚であって、宇宙が意図して苦痛を与えているわけではありません。を残すこともあります。

そのせいで、目標の達成が却って困難になる可能性もあります。1

“ギプス”は摂理なので、私たちは避けることができません。

そこで選べる選択肢は、二つだけです。

  1. できるだけ早く「気づき」、ギプスが作動する前に目標を達成する。
  2. ギプスが作動した後は、エゴの視点から理由を探そうとしない。

この二つはどちらも、エゴを手放し、そうである自分『そうである自分』とは、宇宙の摂理の視点から見たありのままの自分のことです。に立ち返るということです。

摂理の視点から見た「成長」は、魂にとっては喜ばしいことですが、人間にとってはしばしば苦しみに感じられます。

魂と人間、双方の“しあわせ”を同時に実現することは難しいのかもしれません。

ただ、上の二つの選択肢こそ、それを可能にする数少ない方法だと私は考えています。

エゴを手放し「ただ、そうある」存在に立ち返る女性の画像。

脚注

  1. 目標は宇宙とその人自身の約束であり、その出来事に秘められた「本当の目的」は、宇宙と本人(の魂)にしかわかりません。他人にはもちろんわからないし、本人もエゴに囚われていてはわかりません。それは人間の立場からすれば、非常に冷酷な仕組みかもしれません。 ↩︎

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