夏越の祓とは
神社の行事には、私たちに良い影響を与えてくれるものが数多くあります。
その中でも、私が毎年楽しみにし、欠かさず参加しているのが「大祓(おおはらえ)」1です。
大祓は年二回行われ、夏に行われるものは夏越の祓(なごしのはらえ)、冬に行われるものは年越の祓(としこしのはらえ)と呼ばれます。いずれも、半期間にためた厄や穢れを祓い、無病息災を願う行事です。
夏越の祓の主な行事
茅の輪くぐり
毎年6月下旬になると、多くの神社に茅の輪(ちのわ)が設置されます。
これは、茅(ちがや)というイネ科の植物で編まれた直径数メートルの大きな輪です。この茅の輪をくぐることで、自分に付いた厄や穢れを茅に移し、身を清めるとされています。

茅の輪のくぐり方は簡単です。
輪の手前で一礼し、心の中で唱え詞を唱えながら、「左回り、右回り、左回り」の順にくぐります。
ポイントは、左回りの時は左足から、右回りの時は右足から踏み出すこと。それからくぐる前に毎回、輪の前で一礼することです。
茅の輪をくぐる際の唱え詞にはいくつかバリエーションがありますが、一般的には聞き慣れない言葉が使われています。
例えば、八坂神社や北野天満宮では、以下の詞を唱えます。
一周目:「みな月のなごしの祓いする人は、千年の命のぶるというなり」
二周目:「思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりても祓いつるかな」
三周目:「蘇民将来」を繰り返す


また、粟田神社では少し異なり、以下のようになります。
輪をくぐる前:輪の手前で、「思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりにても祓いつるかな」
一周目:「みな月のなごしの祓いする人は、千歳の命のぶるというなり」
二周目:「宮川のきよき流れにみそぎせば、祈れることの叶わぬはなし」
三周目:「我は蘇民将来の子孫なり」を繰り返す

初めてだと暗記するのが難しいかもしれませんが、スマートフォンのカメラで唱え詞を撮影しておき、それを見ながら唱えるのがおすすめです。
中には、もっと簡単な言葉を採用している神社や、そもそも唱え詞を省略している神社もあります。


実は、通常の茅の輪とは比較にならないほど大きな茅の輪を設置している神社も稀に存在します。とても珍しいので、是非訪れてみてください。
人形の奉納

「人形(ひとがた)」とは、人の形に切った紙のことです。
人形のやり方はシンプルです。
- 人形に自分の名前と年齢(数え歳2)を書きます。
- 体の調子が悪い部分を人形で撫でます。
- 最後に人形に息を吹きかけて神社に奉納します。
これは「形代(かたしろ)3」と呼ばれる、日本に古くから伝わる呪術的な作法の一種です。こうすることで、自分の厄を人形に移すとされています。
夏越の祓の風物詩:水無月
夏越の祓には、神事とは別に、庶民に親しまれてきた風物詩があります。
それは水無月(みなづき)という、三角形に切ったういろうの上に小豆が乗った和菓子です。

この水無月には意味が込められています。ういろうは、涼を取るための氷に見立てられ、小豆は魔除けの食材です。平安時代、氷は上流階級しか口にできない貴重品だったため、庶民の氷への憧れが具現化した形なのだとか。
現代では、抹茶味や黒糖味など、氷らしからぬ色の水無月も売られていますが、これは氷が身近になった現代ならではの変化、あるいは多様な材料を使える豊かさの表れかもしれません。
しかし形は変わっても、厄を払い、無病息災を願う気持ちは、今も昔も変わらないでしょう。
水無月は、京都以外では関西でもあまり見かけませんが、全国のデパ地下にある老舗和菓子店などでは手に入るそうです。期間限定なので、見かけたらぜひ試してみてくださいね。
夏越の祓は、呪術的な儀式を体験するだけでなく、目に見えない「厄」や「穢れ」といった概念を意識する貴重な機会でもあります。それは現代科学で証明できるものではありませんが、より良く生きるためには欠かすことができない考え方だと私は思います。
現在、ちょうど夏越の祓の時期ですので、この記事がご参考になれば幸いです。
脚注
- 大祓のルーツは、日本神話の創世神であるイザナギノミコトが行った有名な禊祓(みそぎはらい)の儀式にあります(神社本庁より)。
物語はこうです。愛する妻、イザナミノミコトを亡くしたイザナギは、彼女を迎えに黄泉の国へと向かいます。しかし、地上に戻るまで妻の姿を見てはならないという約束を破り、変わり果てた妻の姿を目にしてしまいます。この恐ろしい光景に恐怖を覚えたイザナギは、必死に追いすがるイザナミを振り切り、地上へ逃げ戻りました。自身の身についた黄泉の国の穢れを清めるため、イザナギは筑紫の日向の橘の小戸で儀式を行います。この儀式こそが、禊祓なのです。
個人的には、日本神話の中でも屈指の“薄情”エピソードだと思っています。 ↩︎ - 数え年とは、1950年(昭和25年)に「年齢計算ニ関スル法律」が施行されて満年齢が採用されるまで、日本で一般的に行われていた年齢の数え方です。生まれた年を1歳とし、その後、新年を迎えるごとに1歳ずつ年齢を加算します。例えば、12月31日に生まれた場合、翌日の1月1日には2歳になるわけです。 ↩︎
- 形代(かたしろ)のルーツは古く、古墳時代の人物埴輪、縄文時代の土偶、そして弥生時代の人面土器などに見ることができます。平安時代になると、陰陽師が宮廷や貴族のために形代を用いた儀式を行っていました。
なお人形(ひとがた)の祓い方は、本来「流す」ことです。しかし、これを「焼く」ことで祓う地域もあります。これは伝承の過程で、民間信仰である「どんど焼き」との混同が起きた結果ではないかと言われています。
どんど焼きは、古くなった正月飾りなどを燃やす火祭りで、その煙とともに歳神様を見送るという意味合いがあります。 ↩︎