スピリチュアルを病気の治癒に利用する(10)

ヒーラーの視点
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生き続ける母

今から始まる学び

母の学びは、これで終わりではありません。

今までスルーしていた課題に向きあったばかり、いわばスタートラインに立ったところでしょう。

母の”残り時間”を計ると、今世でその学びが完了するか怪しい気もしますが、すべては神と母の間の契約なので、いずれの段階でも”完璧”なはずです。

もしかすると最初から”このタイミング”で気づく計画だったかもしれないし、数回の転生にまたがる予定かもしれない。

真実は、人知の及ぶところではありません

私は、他の物事と同じように、自分ならではの立場を味わいやりたいようにやるだけです。

それは、きっと、どんな状況にある誰であっても、そうするしかないことでしょう。

物事は目に見える通りではない

父と母の関係は、一見不平等かもしれません。

でも、父と母は、エネルギーの観点から言えば、”同じ種類の人間”です。

そもそも本質が同じでなければ引き合わないし、一緒には居られません

彼らは別にいがみ合っているわけでもなく、スピリチュアル的な感覚から見さえししなければ、普通に”仲の良い夫婦”でしょう。

(夫婦に限らず)そういう人間関係は、そう珍しくもないはずです。

ただ、何事も、必ずしも目に見える通りではない、というだけです。

祈りの作用

母に”幸運”が起きた午前二時、私は”神”に祈り続けていました。

私が理解している目に見えないものの性質も、母の状況も、本来なら頼れるはずの父にも、病の当人である母にも共有されない。

私がどれほど”強力な秘策”を持っていたところで、母の状況を変えられるのは母だけなので、”打つ手なし”でした。

私の人生でこれまで同様のことは何度もありましたが、いずれ時間切れは来ます。

それは、”自然の摂理”です。

ですが、相手が親なら、たとえ万策尽きても”情けない”で済ますことはできないでしょう。

最後になりますが、

どんな時にも、必ず、たった一つ方法が残されています。

”正確な”望みを、”正確に”目に見えない場所に届けさえできれば、その時点の状態に従って最善がもたらされます。

祈りと、その現実化は、魔法や奇跡ではなく、誰にでもできる、単なる技術物理現象なのです。

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