スピリチュアルを病気の治癒に利用する(3)

ヒーラーの視点
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スピリチュアル嫌いの父

私の父は、年に一度の墓参りは欠かさず、親の位牌や先祖は大切に祀るのに、なぜか私のスキルのような種類のスピリチュアリティを全く理解しませんでした。

母が「私のマッサージで体が楽になった」と賞賛したり、(病の”本当の”原因に思い当たる)私が(目に余った時だけでも)説明しようとすると、嘲ったり、露骨に嫌な顔をして遮りました。

父は、「”根拠”に基づく構造化のみを”論理”だと信じる」タイプの理系で、「自分のフィールドで適用される概念のみを”常識”だと疑わない」タイプの”お堅い”職業で、「子供が自分より(特に、社会的に)実力を発揮するのを、本心では快く思わない」タイプの父親ですが、その上で何よりも「身内意識が強い」。

彼にとって、大切に育て、しかもそれなりの教育を受けさせたはずの娘が、真顔で意味不明な理屈を語るのは、生理的に受け入れ難かったのでしょう。

そのわりには、私が子供の頃曲げたスプーンは今も実家にあるんだが

スピリチュアル女の建前と本音

父と同じような人はごまんといるけれど、彼らがどう思おうと”目に見えない場所”はあるし、どっちみち万人がその影響を受けます

せっかく知覚できるのに、もし、それを理解しない人たちに合わせたせいで「分かっていながら、彼らと同じ穴に落ちる」なら、ただでさえ大変な自分の学び以外に余計な苦労を増やすことに他なりません。

「学び」をする方法はスピリチュアル以外いくらでもあるし、そもそも「学び」をするもしないも本人の自由です……

……なああんて、相手が他人だから言えるんですよね。

自分の親を、そう簡単に割り切れるもんじゃありません。

「これからどうなるか」と「その原因」を知っているなら、なおさらです。

嫌な予感

あの時、私は実家で母をマッサージしながら、いつもと違う……と思っていました。

それまでは必ず、母のお腹は平坦になり、痛みはほぼ消え、指先まで温かくなっていた(母談)のに、どれほど回数と時間を費やしてもそうならなかったからです。

長い間、私は、”自分が知っていること”を、手を変え品を変え、何度も母に説明しようとしてきました。

でも、その度に激しい怒りを伴う抵抗と拒絶に遭い、断念せざるを得ませんでした。

意識を変えるのは、誰にとってもそう簡単ではない、だから母はもしかするとこのままかもしれない、と思っていました。

でも、他ならぬ自分が、しかも頻繁に触っているのだから、少なくとも”均衡”状態は保てるだろう、と高を括ってもいました。

母の身体がいつもと違うと気づき、あの「えげつない医療事故」が母のエネルギーが現実化した結果なのだと思い当たった時、私はとても嫌な予感がしました。

学びに関するエネルギーは、放置し続ける限り増大する

と知っていたからです。

続きます

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