自分の前世を見た話(2)

怪しいお話
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私は、坂を上り切る直前にある、パン屋の2階を間借りして暮らしていました。

だだっ広い部屋は恐ろしく殺風景で、簡素な本棚と机とベッドしかありませんでした。

本棚はかなり大きく、専門書と詩集か何かがまばらに入っていましたが、西洋人なのに聖書が見あたらず軽い違和感を覚えました(よく見れば、あったのかもしれません)。

私は、独身の町医者でした。

朝、村の小さな診療所に出勤し、夜は家に帰って眠る。私の人生は、ほぼそれだけでした。

酒や煙草は嗜まず、パーティーや娼館に行くでもなく、まるでキアヌか修行僧のように、静かに淡々とただ日々を過ごしていました。お金が払えない患者は、無料で治療しているようでした。彼の中に、今自分が感じるような「欲」の感覚は、まるでありませんでした。

パン屋の手伝いに毎日通ってくる、10代の娘がいました。彼女は小鹿のように華奢で、顔にそばかすがあり、フランダースの犬に出てくるアロアのような帽子をかぶっていました。

村の人たち同様、彼女も私をとても慕っているようでしたが、恋というよりは信頼感丸出しで、いつも”大好きなおじさんビーム”を放射していました。

私も彼女を可愛いな、と思うものの、激情や劣情に駆られることもなく、「まあ、歳の差もあるしね……」などと、一人ほっこりしていました。

毎朝、彼女は私の部屋のドアをノックして、階下の食卓に朝食が用意できたと告げに来るのが慣わしでした。

それは、草食ジジイのささやかな楽しみでした。

私は、厳格な父親と従順な母親にもとに生まれ、そこそこ裕福な家庭で育ちました。

10代初めで寄宿舎に入り、勉強を含むルーティーンを淡々とこなして暮らしました。

学校を卒業する時、教師から、神学者と医師の二択の進路を提案され、「人を現実的に救える」という理由から医師を選択しました。

私は、おそらく40代半ばで亡くなりました。

ある朝、目覚めると身体がひどく重く、どうしても体を起こすことができませんでした。
医師として客観的に判断して病名をはじき出し、「ああ、このまま自分は死ぬのだ」と冷静に思いました。

私は、ベッドからドアを眺め、ぼんやりと「最後に、あのドアが開き、”アロア”の顔が見えたらいいのにな」と思っていました。でも、きっと無理だろうな……と思いました。

ノックに返事がなければ、アロアはドアを開け、死んでいる私を見つけて驚くだろう。若い娘にとって、それは大変なショックだろう。可哀相なのでなんとかしたい、と思いました。

でも、もう自分ではどうにもできないということも判っていました。

漠然と、アロアは悲しんでくれるだろうか、と思いました。

そして、できればあまり悲しませたくないな、と思いました。

次に気づいた時、私は訳が分からない状況になっていました。

続きは次回

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