神様の使いっぱしり(7)

怪しいお話
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Aさんから向けられる気から考えて、彼女の行動は純粋な悪意によるものではないだろう、と思っていました。

どちらかというと「粘着」や「八つ当たり」に近く、親密な関係の希求や、淡い憧憬すら混じっている気がしました。

彼女のコアな感情は「憎しみ」ではなく、「甘え」だろうと思いました。

だからといって、「しょうがないなあ~」とは全然思わんが

Aさんにとって、私は理解不能な存在だったかもしれません。

私にとって彼女は、”悪い人”ではなく、”きわめて人間らしい人”です。

デリカシーには欠けるけど悪気はなく、ただ

「気づくことができない」

人です。

「気づき」が生まれるのは、視点を高くするか、立ち位置をずらした時です。

そのためには、”それまでの自分”を手放す必要があります。

自分の中のネガティビティは、もともとは外界と適応するために、過去の自分が作り出した「お守り」だったかもしれません。

それは、長い時間をかけて、すでに自分の思考の根幹の一部を成しているかもしれません。

心の空間に邪魔な荷物があれば、そこに新しい荷物は置けません。

やってくる学びは、エネルギーに正確に応じています。

すべては、”高次の物理現象”以上でも以下でもありません。

気づけなくても、別に世界が終わるわけじゃない。

ただ、永遠に「救われない」だけです。

私は時々、”後ろの人たち”に思いを馳せることがあります。

守護霊は、ついている人間の成長を願い、ただひたすら見守っています。

人間は、肉体を着ている限り、決して”賢く”なれません。

彼らは、さぞかし気が休まらないだろう、と思います。

私がいつかこの肉体を離れて魂だけの存在に戻る時、私も誰かを守護する役目になるかもしれません。

さぞかし、気持ちが休まらないことでしょう。

そして、今の私のような「使いっぱしり」を呼ぶ日が来るかもしれない。

私と同じ性質で生まれたなら、彼か彼女は間違いなく、自分の人生と置かれた状況を「理不尽」と感じているでしょう。

肉体を脱いだ私が、その気持ちに共感できるかは不明ですが、少なくとも、とても感謝をするはずです。

これは、きっと「持ち回り」のようなものだと思います。

私たちは、過去から未来へ続く永遠の循環の中で、見える姿や見えない姿を繰り返しています。

今この瞬間も、溶け合う無限は自動で均衡を保ち、何もかもが、ただ”そうあるだけ”です。

人生は煩雑で、一筋縄ではいきません。

わざわざ目に見えないものに思いを馳せるひまなんてないでしょう。

でも時々は、あなたの後ろで”やきもき”しているかもしれない人のことを考えてみるのも、悪くないかもしれません。

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