大雨時行の訪問者

怪しいお話
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真冬の熱帯夜(クリックで別ウィンドウが開きます)

ショートストーリー(夏の鬼談)は、どれもすばらしいのでおすすめ。

「第二次世界大戦と心霊現象」にまつわるものを読むたび、学生時代に感じていた”もの”のことを思い出します。

私の母校は明治創立で、20年ほど前までは、古い建物がそのまま残っている場所も多くありました。

過去には、学徒出陣した学生もたくさんいます。

毎年、大雨時行の頃になると、黄昏時や深夜、時には日中でも、校内を歩いていると「あれっ?」と思うことが時々ありました。

私はエネルギーには敏感だけど霊は一切見ないので、それらはただの気配にしか感じられなかったけど、私が知覚する他のどんなエネルギーとも違い、また、妙な生々しさがあったので、

「もし自分が”見える”人間だったら、あれって人の形をしてるのかもな」

と思いながら、軽~く通り過ぎておりました。

実際どうなのかを検討すらしなかったのは、いかんせん相手が人でも人以外でも、直感的に好感を覚えないエネルギーに対して必要以上に意識を寄せるのは、酔狂というより愚行だ、と経験上思っているからです。

無駄な好奇心が害を及ぼすのは、なにも猫ばかりにではありませんものね。

でも普通にに人とかかわって暮らしていれば、そう単純にいけるわけでもなし

それでも気配を感じるたび、いつも「きけ、わだつみのこえ」に収録されている、自分が生まれるはるか昔に戦犯として処刑された、自分と同じ学部に所属していた学生による手記が脳裏に浮かびました。

そこには、絶望と淡い希望との間をとめどなく逡巡する思考や、平和だった日々への郷愁、生や学問への執着があふれいていて、

「もしかすると、あの気配のどれかは彼なのかもしれない」

と、なんとなく思っていました。

私が卒業する前後に施行された創立記念事業によって古いものは一掃され、トレードマークだった「自由に名を借りた、その実”カオス”」の伝統は、もはや殺風景な秩序に取って代わってしまったようなので、もし”彼ら”が遠路はるばる戻ってきても、彼らにとって懐かしいランドマークは、多分もう2つしかないでしょう。

ま、時代の流れなんで、それはそれでいいですけどね。

だけど、彼らがきっと戦場や獄中で思いを馳せ、切望したであろう、ささやかで平穏な日常と当たり前のように老いてゆける人生を、自分が何の疑問もなく甘受できるのは本当にありがたい、といつも心から思います。

そして、「時代」という条件によって降ってわいた”役割”をまっとうせざるを得なかった、彼ら自身のことも。

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