神様がいるのに、ひどい出来事が起こるのはなぜ?

ヒーラーの視点
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誰もが、自分の人生を決めて生まれてくる

これは、私自身の”知覚”に基づき、私の人生で形成された認識です。

内容の如何は、読んで下さった方の判断にお任せしたいと思います。

私は、目に見えないもの(エネルギー)を知覚します。

私は、あらゆる出来事は、エネルギーが現実化したものだと思っています。

つまり、どんな出来事にも”理由”があると思っています。

あなたの人生がこれまでそうであり、今のようであるのは、あなた自身が決めた”設定(課題)”に基づいています。

この世の大前提

困った時に「神頼み」をする人は少なくないでしょう。

もし、それが叶わないのであれば、単純に、”その人のエネルギーが現実化した時、期待通りの出来事にならない状態”だからです。

神も人も、”エネルギーが現実化する”という大前提に従っています。

魂の変化率

多くの人が誤解している(と個人的に思っている)のは、人は幸せになるために生まれてくるわけではないということです。

人が生まれてくる理由は、”魂を変化させるため”です。

その方法の一つとして、(生まれる前に決めた)課題がありますが、たいていの課題は”苦痛”をもたらすため(なんせ課題ですからね)、それを解消した時、結果として”幸せ”がもたらされます。

「課題の達成」は生まれる理由の一つだ、という意味においては、”人は幸せになるために生まれてくる”と言えるでしょう。

神の役割

神の役割(が、もしあるなら)は、ものごとを”あるべき通り”にさせることです。

世界中を見渡せば、信じられないようなひどい出来事や人生がいたる所に存在しますが、それは魂の目的が”変化”、正確に言うと”変化率”(変化の大きさ)だからです。

トルストイの著書「アンナ・カレーニナ」の冒頭に、「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸だ」とありますが、本来、人にとって”不幸”は喜ばしくないので何らかの心理的(または行動的)操作を行うでしょう。

エネルギー面での変化率は、幸福→幸福よりも、不幸→幸福の方がはるかに大きい。

主眼が変化率であるからこそ、不幸のバラエティも豊かなのです。

でも、変化は魂にとっては”喜ばし”くても、”肉体を着ている”身にとっては必ずしもそうではないでしょう。

神の力を借りる方法

人が(肉体を着ている視点で)苦しむ時に望む”解決”が、本来の目的と合致しているとは限りません。

私が、自分を”見える”側の人間だと思っていても、スピリチュアルを職業にせず、日常で標榜すらしない理由は、このシステムを”身も蓋もない”と思っているからです。

私も肉体を着ている人間です。

たとえスピリチュアル的に”正しい”と感じても、人間の立場で考えれば”非情”な現実はいくらでもある。

おそらく、人の不幸に心を痛めないようなメンタリティなら、そもそもこんな能力を持って生まれてこないでしょう

それでは、人は苦しむための存在なのか、と言えばそうでもないし、神の力を借りる方法もあるだろう、と思っています。

次回は、それについて書いてみます。

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