スピリチュアルが大量供給されているのに、いっこうに需要が減らないワケ(前編)

怪しいお話
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「決められない女」を書いているうちに、話が広がりすぎたので、内容が独立している部分を抜粋して別タイトルにしました。

終了次第、「決められない~」に戻ります。

他ではあまり読めなさそうな話だろうとは思いますが、所詮「理屈臭いBBAのしちめんどくさい話」なので、興味のある方だけよろしければどうぞ。

私は、ある時ふと

「これほどスピリチュアル(な情報)が世にあふれているのに、救いを求める人がいなくならないのはなぜだろう?」

と思いました。

私が思いついた理由は、二つです。

一つ目は、多くの人は、

スピリチュアルは”与えてくれるもの”だと誤解しているから

です。

たとえば占いは「結果を知るため」にあり、神様やスピリチュアルな能力がある人は「困りごとをどうにかしてくれる」ためにいる、というように。

非常に個人的な感想(という名目の”毒”)を書きますが、自身の抱える問題を解決するために、家族や友人、カウンセラーや、せめてお寺や神社や教会でもなく、スピリチュアルの看板を掲げてもいない私(相談など受け付けていない一般市民)のところにわざわざやってくる人たちを見ていると、スピリチュアルに頼る人の中には、常識的な方法で解決できないようなのっぴきならない状況にあったり、依存心が強かったり、横着だったり、思考の方向性が多少ファンタジックだったりする人たちがいるのかもしれない……と思ったりします。

彼らは、スピリチュアルに「お任せしたい」「教えてほしい」と期待しているかもしれません。

でも実は、スピリチュアルは、簡単かつ、たちどころに難問を解決するような、都合の良い魔法ではありません。

あくまでも、それは

「ツール」

であり、我々は、

補助

です。

スピリチュアルは、「目に見えないものを”みえる形”にしたもの」という問題解決のヒントを提示するだけで、問題を解決するのは、主体である「本人」です。

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