【2025年】神在月の出雲大社に行ってきた:神在祭の見どころ・注意点まとめ

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はじめに:神在月の出雲大社と神在祭の見どころ

日本では、旧暦10月を「神無月(かんなづき)」と呼びますが、かつての出雲国の地域だけでは「神在月(かみありづき)」と呼ばれます。1

出雲大社(いずもたいしゃ/いずもおおやしろ)では「神迎神事」や「神在祭」などの神事が行われ、ふだんは閉じられている十九社の扉が全開になるなど、年に一度だけの景色が見られます。

今回は2025年11月30日に実際に参拝した体験談をもとに、神在月の見どころ・参拝ルート・混雑状況をまとめました。

出雲大社の神在祭

出雲大社では、毎年旧暦10月10日〜17日(2025年は11月29日〜12月6日)に神在祭が行われます。

稲佐の浜

それは、八百万の神の稲佐の浜への上陸から始まります。

島根県出雲市・稲佐の浜の弁天島(鳥居がある岩の島)神々の上陸地点。

鳥居がある大きな岩は「弁天島」(現在は陸続き)。海から訪れる神々の目印です。

その前で、旧暦10月10日19時に神迎神事が執り行われます。

神々は神籬(ひもろぎ)という儀式によって榊に移され、出雲大社まで移動。

稲佐の浜から勢溜までは本来、神迎の道を通る経路でしたが(下の地図の青い線)、参加者の増加にともない、現在では国道431号線を通る経路(オレンジ色の線)に変更されています。

本殿・神楽殿

出雲大社に到着した神々は、神楽殿で行われる「神迎祭」で歓迎されます。

(本来は拝殿で行われていたが、同上の理由により変更)

島根県・出雲大社神楽殿の日本最大級の注連縄と多くの参拝客。
神楽殿は日本最大級の注連縄を持つことでも知られる。

また、本殿には主祭神・大国主命が鎮座しており、期間中は奉告神事を含む神在祭(非公開)が行われます。

彫刻が美しい楼門と八足門に囲まれた出雲大社本殿。
本殿は楼門と八足門に囲まれており非公開。

コラム ①:出雲大社の知られざる「ご利益をいただく儀式」

本殿の奥にある素鵪社(そがのやしろ)では、「お砂のおさめかえ」という方法で特別なご利益をいただけます。

  1. まず、稲佐の浜へ行き、袋などに砂をいただいてくる。
  2. その砂を素鵪社の床下にある砂の山(御砂場)に供える。
  3. 供えた砂と「等量」の、素鵪社に元々あった砂をいただいて帰る(持参した砂の量よりも少なめにいただくのが作法ともされる)。

この砂を家の敷地や田畑に撒くと土地が清められるとされています。
袋に入れてお守りとして持ち歩いてもよいでしょう。

ただし、素鵪社の御祭神・素戔嗚尊は荒ぶる神であり、根の国(≒黄泉の国)を統べる神。
この砂は「浄化」や「厄除け」「魔除け」のためのものであり、縁結びのためのものではないのでご注意を。

上宮(かみのみや)

出雲に集った神々は、上宮神議り(かむはかり)――人々の縁結びや運命についての話し合い――を行います。

また、毎年旧暦10月11日・15日・17日に神在祭が行われます(非公開)。

神々が神議りを行う上の宮(出雲大社の境外摂社)の社殿。
上宮は出雲大社の境外摂社で、御祭神は素戔嗚尊と八百萬(やおよろず)の神。

上の宮に参拝する地元の人々。

神在祭二日目、神議り(かむはかり)初日の上の宮の様子。
神在祭二日目、神議り初日の様子。

十九社

十九社は出雲大社境内にあり、神在祭の間、神々が滞在・宿泊される場所です。

西と東に二棟、いずれも十九社ずつ。下の写真は東十九社です。

普段は扉が閉じられていますが、この7日間だけは全ての扉が開かれます。

出雲大社境内の東十九社を正面から見たところ。他に類を見ないほど横に長い。

神在祭期間中、扉が全開された東十九社。
十九扉、全開パッカーン。

出雲大社以外で神在祭を行う神社

万九千(まんくせん)神社

旧暦10月17日、会議が終了した神々は出雲大社から万九千神社へと移動。

ここで直会(なおらい)と呼ばれる酒宴を同26日まで催し、一年の労をねぎらい、来年の再会を誓い合うとされます。

島根県万九千神社の石碑と正面の鳥居。

下の動画は最終日(旧暦10月26日)に行われる神等去出祭(かみさるでさい)の様子。

儀式の手順や厳かな雰囲気が確認できます。

その他の神社

ここでは「旧暦出雲の”神在祭”巡拝」に掲載される5社のうち、既述の2社を除く3社を紹介します。

神在祭巡拝5社のスタンプラリー冊子。無料でもらえる。
5社の境内で配布されているスタンプラリー冊子。

■ 日御碕神社

神在祭:旧暦10月11日〜17日

伊勢神宮が「昼を守護する」のに対し、こちらは「夜を守護する」と伝承される。「夜の伊勢神宮」とも。

神在月には、出雲に滞在される神々を広く守護する役割がある。

■ 朝山神社

神在祭:旧暦10月1日〜10日

全国から集まる神々が、出雲大社へ向かう前にまず最初に立ち寄るとされる。

■ 熊野大社

神在祭:旧暦10月11日〜26日

古くから出雲国一宮として、出雲大社と並び崇敬。

「日本火出初之社(ひのもとひでそめのやしろ)」とも呼ばれ、「火=魂(ひ)=神」という概念から、火(霊力)の祖神とされる。

神在祭参拝の注意点

この時期に訪れる際の注意点は、ほぼ一つだけ――それは「混雑」です。

島根県民数62万に対して、出雲大社の初詣参拝者数は三が日で約60万人ですが、現地では「神在月は初詣よりも混雑する実際の参拝者数は初詣を下回ると考えられますが、おそらく、神迎祭、神在祭、神等去出祭といった重要な神事が、短期間の夜間や早朝に集中するため、その時間帯の密度が極めて高くなるからでしょう。」と言われているそうです。

今回私は、

  • 宿泊先の確保の難しさ:出雲市駅周辺の手頃な値段のホテルは全滅(11月初旬時点)。
  • 荷物預かりの深刻な制約:JR出雲市駅は受取17時まで、電鉄出雲市駅は受付終了、周辺のコインロッカーは全滅(30日13時頃)。
  • 公共交通機関の利便性の低さ:JR出雲市駅から出雲大社へは一畑電車一畑バスのみ。
    前者は一時間に一便(増便なし)。
    後者は道路渋滞と乗車までの待ち時間の程度が予測不能。

といった問題に直面。

往路は高速バス、復路は当日の夜行バスという弾丸ツアー着替えを持参してJR出雲市駅徒歩2分の天然温泉「らんぷの湯」を利用したので旅路は快適でした。ただ、当館の入湯受付は鍵付きロッカーの数を考慮していない模様。混雑時は要注意。、始終バックパックを背負っての移動となりました。

コラム ②:古代出雲大社の秘密

現在の出雲大社本殿の高さは8丈(約24メートル)。日本の神社建築としては最も高い部類に入ります。

しかし、中世(鎌倉期)には16丈(約48メートル)、古代(平安期以前)には、なんと32丈(約96メートル/現在のビルの30階建てに相当)だったとの伝承があります。

2000年には拝殿と八足門の間で、古代の巨大本殿を支えていた柱の一部(宇豆柱)とされる直径1.3メートルの杉の巨木3本を鉄の輪で束ねた巨大な柱の跡を発見。

その場所と大きさは参拝時に確認できます。

古代の巨大本殿を支えた宇豆柱の発掘地点を示した画像。
宇豆柱が発掘された場所(赤矢印)。柱の本体は境内の宝物殿(神祜殿)で見学可能。

出雲の”神在社”マップ

脚注

  1. その理由は、出雲に旧暦10月に神々が集まるとされるから。主に以下の3説がある。
    ① 神議り説:出雲大社の主祭神である大国主命は、国譲りの後、幽世(かくりよ/目に見えない世界)を司る神となった。
    旧暦10月は五穀の収穫が一段落する時期なので、各地の神が大国主命のもとに集まり会議を行うから。
    ② スサノオ統治説:11世紀後半から16世紀後半頃、出雲大社の祭神はスサノオノミコトであると考えられていた。
    現世を統治する天照大神に代わり、旧暦10月だけは(黄泉の国の支配者である)スサノオノミコトが出雲の地で統治にあたるため、全国の神々が彼のもとに集まるから。
    ③ イザナミ法事説:15世紀末〜近世の出雲では、母神・イザナミノミコトは旧暦10月に亡くなり、出雲(松江の神魂神社など)に埋葬されたとする説が広まった。
    そのため、神々は追善供養のために出雲に集まるから。
    ↩︎

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