はじめに
他者から粗末に扱われる経験は、深い怒りや悲しみを伴うものです。
スピリチュアルな観点から見ると、こうしたネガティブな感情を伴う出来事には、私たちが生まれる前に設定した人生の目標が隠されていることがあります。
もしその目標に意識的に取り組み、達成することができれば、現状は大きく変わる可能性があるのです。
今回は、このテーマについて、実例に基づいて考察します。
シングルマザーMさんのケース
Mさんはシングルマザーです。
服装は少しギャルっぽいところもありますが、真面目で努力家。明るい性格で誰にでも分け隔てなく接するため、職場でもプライベートでも人間関係は良好です。
しかし、パートナーとなる男性からは、常に粗末に扱われるという苦しみを抱えています。
Mさんの生家と生まれる前の目標
スピリチュアルでは、生まれる前の目標に応じて生まれる環境を決めるといわれています。ここで少し、Mさんの生家を見てみましょう。
Mさんのお父様は、明るく社交的で友達も多く、家でも飲み会を開きたがるタイプでした。
しかし、お母様は他人を家に入れることを嫌い、常にお父様の提案を却下していました。Mさんは自他ともに認めるほどお父様に強い思い入れがあり、寂しそうなお父様を見るたびに、幼い頃から「自分の夫は自由にさせてあげたい」という願いを抱いていました。
一方、Mさんのお母様は、ご自身のルールに従って行動する方でした。
Mさんが子どもの頃は、学業優秀な弟妹と比較したり、Mさんが当時憧れていたタレントと同じギャルファッションをするためにアルバイト代で買った化粧品や洋服を「下品だ」と言って禁じたりしました。

Mさんは高校卒業後、実家から遠く離れた場所に進学し、実家で過ごす時間は少なくなりました。
Mさんと夫の関係
Mさんは就職後すぐに恋人ができ、一途な性格から若くして結婚しました。
しかし、結婚後すぐに、夫には何年にもわたって肉体関係を続けている元交際相手がいることが発覚します。
その元交際相手は別の男性と結婚後シングルマザーとなり、Mさんの夫と再会してからは、自分の子どもたちに夫を「パパ」と呼ばせ、彼との再婚を望んでいるようでした。
長い間、周囲は彼女に離婚を勧めてきましたが、彼女は「それでも夫が好きだから」1と、頑として受け入れませんでした。
ところが、夫が元交際相手とのデートにMさんの子どもたちを連れて行き、それを口止めまでしていたことが明らかになると、「子どものためにならない」と、意外なほどあっさり離婚を決意しました。
Mさんと恋人との関係
魅力的なMさんには、離婚後すぐに新しい彼氏ができました。
しかし、交際後初めてのMさんの誕生日、彼から「(その年齢で)今さらプレゼントは要らないよね」と言われました。
Mさんが嫌な顔をすると、彼は「じゃあ、僕の元妻が未使用のまま置いていったブランド品をあげる」と言い放ちました。
彼の元妻は専業主婦で、商品の代金を支払ったのは自分だから、それは自分が買ったものだという理屈だそうです。
生まれる前に決めた目標と「気づき」
生まれる前に決めた目標を達成する手がかりは、本人の「気づき」にあります。それにつながるヒントは、ネガティブな感情を伴う出来事に隠されています。
Mさんの婚姻中の状況や、先日は彼氏からの暴力により入院したりしていたことなどから考えれば、十分すぎるほどのヒントがすでに与えられていると言えるでしょう。
しかし、彼女は未だに気づきを得ていません。なぜなのでしょうか。
学べない理由
それには、二つの可能性が考えられます。
一つは、つらい状況に適応しようとして、無意識に心を麻痺させていること。もう一つは、彼女自身の性格に、気づきを妨げる要素――エゴ――があることです。
いずれも、客観的な判断を妨げるものです。
Mさんは、相手が自分の話に驚いたり心配したりすると、「そうなのよ」「ひどいでしょう?」と軽く答える傾向があります。
それは彼女が明るく頑張り屋だからでしょうが、私がエネルギーを読む限り、彼女の根底には他者への共感性の薄さがあると感じます。その人当たりの良さは、裏を返せば「深い感情にまで踏み込まない」という側面があるのかもしれません。
共感性の薄さは、相手の尊厳への関心の薄さにつながります。それは、摂理とは異なる考え方です。
そして、他者への尊厳感覚が薄いことは、自分自身に対しても同じであることを示しています。Mさんが受けている扱いは、自分自身への尊厳感覚の薄さを反映していると捉えることもできます。
また、彼女の生家が、彼女に多大な影響を及ぼしているのは明らかです。しかし、彼女の両親はそれなりにうまくやっているので、そこに自分自身の現状を結びつけるのは難しいでしょう。
たとえ結びつけられたとしても、自分の固定観念を手放し、新たな概念を見つけ出すことはさらに困難を伴うでしょう。
天の助け
どんな人のどんな状況にも、必ず与えられる助けがあります。それは「ご縁」です。
Mさんには何人かのお子さんがいますが、そのうち複数人に発達障害があります。
Mさんは積極的に本を読み、講習会に参加して、より良い支援方法を学んでいます。学生時代は勉強が苦手だったと公言しているにもかかわらず、彼女の知識はかなり専門的かつ実践的です。
彼女の子どもたちは、彼女にとっての人生の中心でしょう。おそらく彼女自身よりも。

彼女が判断基準を子どもたちに合わせれば合わせるほど、彼女は自身の人生の目標と関係ある「他者の尊厳」に、より向き合うかたちになります。
以前、縁には良縁と悪縁があることを述べましたが、彼女にとって子どもたちは明らかに良縁の相手と言えるでしょう。
Mさんの人生は、私たちの人生に訪れる試練もまた、魂の成長のためにあることを教えてくれます。
この考察が、あなたの人生における学びを深める一助となることを願っています。
脚注
- 「相手からどれだけ裏切られても相手を愛している」というのは母親と息子ならともかく、他人の異性の間では愛というよりも執着に近いと思うし、また、他人を尊重するのに自分を尊重しないというのは摂理の観点から見て不自然だと思います。 ↩︎




