はじめに
ガイドブックが素通りする京都の路地裏には、偉人たちの意外な足跡がそこかしこに残されています。
「若一神社(にゃくいちじんじゃ)」もその一つ。

今回は、平清盛に日本史上屈指の出世をもたらした「鏡」と、昭和の市電関係者を震撼させた「祟るクスノキ」という、実在する「オカルト」を二つご紹介します。
清盛を支えた鏡
一介の武士から、わずか数ヶ月で国の頂点へ。
この奇跡とも言える出世劇の裏には、ある「鏡」の存在がありました。
夢に現れた御神体
かつて、この地当時は「浅水の森」と呼ばれた風光明媚な場所でした。には平清盛の別邸「西八条殿」が広がっていました。
1166年(仁安元年)、清盛は「土中に神体が埋まっている。掘り出して祀れ」という夢のお告げを受けます。
後日、邸宅東側の築山が光っているのを発見。
自ら掘り進めると、三尺約90センチメートル。ほどの深さから「若一王子の御神体」が現れました。
これが、今も本殿に祀られている「前立て鏡」です。

その半年後、彼は太政大臣に任命当時は貴族中心の強固な身分制度があり、武士がその頂点に立つなど、到底あり得ない時代でした。されました。
以来、ここは「出世開運の神社」として崇敬されるようになったのです。
蘇る不思議な鏡
実はこの鏡こそ、只者ではありません。
最初は772年(宝亀3年)、唐僧・威光上人1が熊野参詣の際に携え、神託によりこの地に鎮座。
その後、動乱で土中に埋没しましたが、清盛が夢のお告げにより発掘しました。
彼の死後、敵に攻められた平家は、自ら西八条殿に放火。
若一神社は焼失、鏡は再び土の中へ。
すると今度は1740年(元文5年)、日旋老師の夢に老神が現れ、発掘を命じます。
またまた鏡は掘り出され、神社は再建されました。
土中に埋もれる度に、誰かの夢に現れては自らを掘り起こさせる御神体。
そのへこたれなさ、もとい霊験のあらたかさは疑うべくもないでしょう。
祟るご神木
若一神社のもう一つの怪異――それは、樹齢800年超の楠の木この木には“座敷わらし”が住むともいわれています。です。


出世を感謝した清盛が手植えしたと伝わるもので、西八条殿が全焼しても燃えずに残りました。
昭和初期の市電工事の際には、これを切ろうとした工事関係者に不幸が続いたため、木を避ける形で市電の線路が曲げられたのだそう。
その名残で現在も西大路通がわずかに湾曲しています。


若一王子とは
若一神社の御神体は、「若一王子(にゃくいちおうじ)」の御分霊。
聞き慣れないかもしれませんが、それは、日本人の信仰の原点ともいえる神です。
熊野信仰の神
古来、熊野の地熊野古道、熊野本宮大社、熊野速玉大社は世界遺産に登録されています。は「浄土への入り口」とされました。
ここに祀られるのが熊野権現。
その子供・十二王子の一柱が、若一王子です。
平安時代から鎌倉時代にかけて、貴賤を問わず熊野信仰が広がると、若一王子の分霊も全国で祀られるようになりました。
そして、「出世・厄除け・水と再生の神」として厚い信仰を集めました。
若一王子を祀る神社
「若一神社」の名を冠する神社は全国にありますが、熊野信仰に由来するものは、今やごく僅か明治時代の神仏分離令によって、若一王子をはじめ、それまで祀られていた神の多くが天照大神や瓊瓊杵尊などに書き換えられたため。です。
しかし京都の若一神社は、その中でも、「若一王子」の祭祀を継承している希少な神社なのです。


清盛ゆかりの御神水
こちらの「神供水(ごしんくすい)」は、『平家物語』で平清盛の熱冷ましに使われたと記される名水です。2
八百年前から変わることなく、今もこの地を潤し続けています。

京都の中心部からは外れますが、京都鉄道博物館や東寺を訪れたなら、少しその足を伸ばしてみてはいかがでしょう。
ここには、自ら強固な意志で在り続ける「不思議」たちが、今日もひっそりと息づいています。
住所、アクセス等
| 神社名 | 若一神社(にゃくいちじんじゃ) |
| 住所 | 〒600-8863 京都府京都市下京区七条御所ノ内本町98 |
| TEL/FAX | TEL 075‑313‑8928 FAX 075‑322‑2440 |
| アクセス | JR 「西大路」駅下車徒歩5分 京都市営バス「西大路八条」下車徒歩1分 |
| 拝観料 | 無料 |
| 公式サイト | 京都府神社庁 若一神社ページ 若一神社 Facebook |
脚注
- 実は、威光上人も不思議な人物。708年に舞鶴の松尾寺を創建し、若一神社の御神体を祀ったのは772年。旧約聖書のアブラハム(175歳没)並みに長命だったのか。 ↩︎
- 清盛の死因は「あつち死に」と表現される「尋常ではない」熱病。水をかけてもすぐに蒸発したのだとか。その様子は『平家物語絵巻』第六巻にも描かれる。マラリア説が一般的だが、地理・季節的背景から疑問も多く、「猩紅熱」を提唱する医学論文もあるのだそう。 ↩︎


