夏越の祓とは
私たちは日々の暮らしの中で、知らず知らずのうちに負のエネルギーである穢れや厄を溜め込んでいます。
それを祓うための行事が「大祓(おおはらえ)」です。
大祓は年に二回行われ、6月のものを夏越の祓(なごしのはらえ)、12月のものを年越の祓(としこしのはらえ)と呼びます。
どちらも半年分の厄を祓い、残りの半年を健やかに過ごすことを目的としています。
夏越の祓の主な行事
茅の輪くぐり:厄を茅に移す神事
6月下旬、多くの神社の境内に「茅の輪(ちのわ)」が現れます。
これは茅(ちがや)【茅】: イネ科の多年草。茅の輪の材料とされるのは、蘇民将来伝説による疫病除けの象徴であること、根に薬効(利尿作用)があること、また、「世界最強の雑草」と呼ばれるその強靭な生命力が古代では厄除けに通じるとされたため。を束ねた大きな輪で、くぐることで自分にまとわりついた穢れを茅に移すといわれています。

輪の手前で一礼してから、左回り→右回り→左回りの順にくぐります。
左回りの時は左足から、右回りの時は右足から踏み出します。
そのたびに輪の前で一礼するのをお忘れなく。
唱え詞の例(補足)
地域の歴史や神社の由来に応じて唱え詞は異なります。
以下に、代表的なものをご紹介します。
■ 八坂神社・北野天満宮
- 一周目:「みな月のなごしの祓いする人は、千年の命のぶるというなり」
- 二周目:「思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりても祓いつるかな」
- 三周目:「蘇民将来」を繰り返す


■ 粟田神社
- 輪をくぐる前:輪の手前で、「思ふ事みなつきねとて麻の葉をきりにきりにても祓いつるかな」
- 一周目:「みな月のなごしの祓いする人は、千歳の命のぶるというなり」
- 二周目:「宮川のきよき流れにみそぎせば、祈れることの叶わぬはなし」
- 三周目:「我は蘇民将来の子孫なり」を繰り返す

■ 簡易版・省略版
満足稲荷神社のように唱え詞が簡単な神社や、折上稲荷神社のように記載がない神社もあります。
覚えづらい場合は、スマートフォンで撮っておき、見ながら唱えても大丈夫です。


※ 通常とは比較にならないほど大きな茅の輪を設置する神社が全国に数社あります。
人形(ひとがた)で身を清める
「人形(ひとがた)」とは、人の形に切った紙のこと。

自分の名前と年齢(数え年【数え年】:生まれた年を1歳とし、その後、新年を迎えるごとに1歳ずつ年齢を加算する数え方。例えば、2024年12月に生まれた赤ちゃんは、2025年1月1日に2歳と数えられます。1950年(昭和25年)「年齢計算ニ関スル法律」施行まで一般的に行われていました。)を書き、人形で体の不調な部分を撫で、息を吹きかけて神社に納めます。
これは、「形代(かたしろ)【形代】:そのルーツは古く、古墳時代の人物埴輪、縄文時代の土偶、弥生時代の人面土器などに見ることができます。平安時代になると、陰陽師が宮廷や貴族のために形代を用いた儀式を行っていました。 」と呼ばれる古い呪術的な作法の一つで、自分の厄を紙に移して清めるという意味があります。
本来は川に流すものでしたが、今では神社で焼納(しょうのう)するのが一般的です。
水無月:夏越の祓のお楽しみ
夏越の祓の時期になると、和菓子屋には涼やかな三角形の菓子が並びます。
それが「水無月(みなづき)」です。
三角に切ったういろうの上に、小豆をのせたもの。
白いういろうは氷の見立て、小豆は魔除けの意味を持ちます。
平安時代、氷は貴族しか口にできない贅沢品でした。
庶民の氷への憧れを形にしたのが、この水無月だといわれています。
現代では抹茶味や黒糖味なども売られています。
京都以外ではあまり見かけませんが、全国の和菓子店やデパ地下で手に入ることもあります。
期間限定なので、見つけたらぜひ味わってみてください。
夏越の祓が教えてくれること
夏越の祓は、伝統的な儀式だけでなく、”目に見えない穢れを意識する”という日本古来の精神文化に触れる機会でもあります。
これは科学で扱う現象とは異なる領域で、季節の変わり目に行うことで、心新たにリスタート切るための習わしです。
今年も、夏越の祓の季節が巡ってきました。
要らなくなったエネルギーを脱ぎ捨て、軽やかに残り半年へと歩んでいきましょう。
大祓のルーツは、日本神話の創世神であるイザナギノミコトが行った禊祓(みそぎはらい)にあります(神社本庁より)。
物語はこうです。
愛する妻イザナミノミコトを亡くしたイザナギは、黄泉の国へ彼女を迎えに行きます。
しかし、地上に戻るまで妻の姿を見てはならないという約束を破って振り返り、変わり果てた妻の姿を目にします。
イザナギは恐れ慄き、必死に追いすがるイザナミを振り切って、一人地上へと逃げ戻りました。
そして黄泉の国の穢れを清めるため、筑紫の日向の橘の小戸で禊祓(みそぎはらい)の儀式を行います。
個人的には、日本神話の中でも屈指の“薄情”エピソードだと思っています。




