長寿をもたらす食材
菊と長寿
「初物は75日寿命を延ばす」のように、長寿がもたらされると言われる食材がありますが、その中で最もポピュラーなのは、おそらく菊でしょう。
菊は、中国では古くから不老長寿の象徴とされています。
たとえば、八百年生きたと言われる仙人・彭祖が薬として常用していたとか、甘菊が群生する谷からの湧き水で生活していた酈県(りけん)・甘谷水の住民は、みな長寿で、中には百四、五十歳まで生きる者もいた、などの伝説があります。
また、菊葉の露を飲んで不老不死になった菊慈童は、日本では能の題材にもなっています。
菊酒
これらの伝説にあやかろうと、重陽の節句に、長寿を願って菊酒が飲まれるようになりました。
この習慣は後漢時代(1~3世紀)にはすでにあったそうですが、日本には平安時代に伝わり、菊の着綿(きせわた)1とともに、宮中の儀式として行われていました。
菊酒の作り方は、もともと「菊の花を、梅酒のように一か月漬けこむ」や「蒸した菊の花びらを器に入れ、冷酒を注いで一晩置く」など、時間がかかるものでしたが、現在は、冷酒を注いだ盃に菊の花びらを散らすだけにするのが一般的です。
菊の効能
菊には本当に、長寿の効能があるのでしょうか?
たとえば、漢方には、実際に、菊花を乾燥させた生薬がありますが、その効能は、頭痛やめまい、目のトラブルの解消など。不老長寿とは関係ないようです。
中国最古の薬物学書である『神農本草経』には、「長く服用すれば血気が良くなり、体が軽くなり、老化に耐え、長生きできる」2とか、幕末の『烈公食薬』には、菊の芽も花も却老延年の薬などと書かれています。
菊酒に用いる食用菊は、ビタミンEを豊富に含んでいたり、摂食すると生体内でグルタチオンの生産量が増えたというエビデンスがあり、アンチエイジングや、ホメオスタシスの維持などが花びら数枚程度でなければ期待できることから、古書の記述に少し近いかもしれません。
重陽の行事食
重陽の節句は、古代中国から伝えられた五節句3のうちの一つで、9月9日に行われます。
それぞれに行事食があり、重陽の節句のそれは、菊酒、栗ご飯、秋茄子です。
ただ、旧暦の9月は現在の10月にあたるので、現代で実践するのは、ちと難しい。栗は9月では旬に入るか入らないかだし、北陸のブランド食用菊である「もってのほか」や「かきのもと」なども、全国出荷は10月です。
茄子は比較的入手しやすく、また、重陽だけでなく、三九日(みくんち)4にもあやかれるので、使いやすいでしょう。
なお、とらやでは、毎年9月9日頃に「重陽」という和菓子が販売されており、オンラインショップでも入手できます。実店舗で売られている商品のデザインが、西日本と東日本では異なりますが、私は西日本バージョンの方↓が可愛いと思います。
菊酒が振舞われる神社
重陽の神事を行った後、菊酒が振舞われる神社があります。今回は、そのうちの三か所を紹介します。
貴船神社
菊花神事の最後に行われる直会(なおらい)で、参列者に神前から下げられた菊酒が振舞われます。
上賀茂神社
烏相撲(子供たちによる相撲合戦)が奉納された後、境内の菊酒拝戴所で振舞われます。
車折神社
舞楽奉納の後、本殿前で振舞われます。
当たり前ですがいただける量は、容器の底にぽちっとなので、飲み足りない私やあなたは、自宅で作りましょう。
脚注